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書道の歴史と書体


中国
 亀の甲羅や動物の骨に刻んだ文字(甲骨(こうこつ)文字)が約3500年前に生まれ、その後、青銅器(せいどうき)に刻まれた文字(金文(きんぶん))、石に刻まれた文字(石鼓文(せっこぶん))が生まれました。そして現代の書道のように筆と墨を使って文字を書くようになったのは、約2000年前からと言われています(異説あり)。更に時代の変遷と共に書体(漢字の形)も変化し、主に5つの書体に分類することが出来ます。


5つの書体
篆書(てんしょ)

 篆書には大篆(だいてん)小篆(しょうてん)の2種類があります。石鼓文に使われたと書体を大篆というのに対して、紀元前221年に(しん)始皇帝(しこうてい)が国家の統一の為に文字の統一を行い、そこで使われた文字を小篆といいます。

 縦画は垂直、横画は水平、左右対称、縦長の均整(きんせい)のとれた書体で、石に刻まれました。


 日本では現在も印鑑に使われています。

隷書(れいしょ)

 篆書が実用的(効率的)でなかっため、その後、間もなく早く効率良く書ける隷書が広まりました。

 波磔(はたく)と呼ばれる横画のはねが特徴で、篆書と異なり横長の書体で、墨で木の板に書かれたり(木簡(もっかん))、竹に書かれたり(竹簡(ちっかん))しました。筆の改良も進み波磔の表現も可能になりました。

 日本では現在も紙幣に使われています。



楷書(かいしょ)

 隷書を簡単にしたものが楷書です。点や線を(くず)さず、それぞれの点や線がはっきりした書き方で、現代でも一般的に使われ、漢字学習の最も基本となる書体です。

行書(ぎょうしょ)

 楷書を元に、いくつかの点や線を続けたり、省略して書いたものが行書です。その為、速く書くことが可能になりました。楷書よりも丸みがあります。楷書と草書の間の書体です。

草書(そうしょ)

 楷書と同じく隷書から生まれた草書は、画数(かくすう)が少ない為、とても速く書けるようになりました。行書よりも省略が多い為、現代では一般の人が読み書きするのは難しい書体です。



日本

 漢字の伝来(285年)、そして仏教の伝来(538年)により写経(しゃきょう)(お経を書き写すこと)が(さか)んになりました。また610年には紙や墨の製法(せいほう)も中国より伝えられ、日本でも書道が盛んになり始めました。8-9世紀に三筆(さんぴつ)」と呼ばれる3人の優れた書家として、嵯峨天皇(さがてんのう)空海(くうかい)橘逸勢(たちばなのはやなり)が有名で、中国の書道をまねた漢字作品を書きました。その後、中国との交流が止まり、日本独自の文化が尊重され、かなが生まれました。10-11世紀に三蹟(さんせき)」と呼ばれる書家として、小野道風(おのとうふう)藤原佐理(ふじわらのさり)藤原行成(ふじわらのゆきなり)は三筆とは対照的に優雅で柔らかい日本的な書風で書きました。また、日本独自のかなの作品も沢山残しました。。彼らの活躍によって日本の書道は大きく発展し現在に至ります。

  現在は中国から来た「漢字」、日本独自の「かな」、そして漢字とかなを交ぜた「漢字かな交じり文」と大きく3つの種類の作品に分けることが出来ます。



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